fenolのブログ

情緒不安定 発達障害 病院に行かない選択

声を発する

 

歌うことは好きではなかった。

それ以前に、

かつての私は人前で声が出せない人間だった。

 

唯一の幼馴染とはふざけた遊びをして

毎日げらげら笑っていたけれど

それ以外の人の前で声を出そうとすると

無意識に顔が熱くなって

そんな自分に困惑してしまって

声を出すまでに至らなかった。

 

そんな風だったから、

国語の朗読が大嫌いだった。

前の人と自分の声量が

どれくらいで同じなのか、とか

くだらないことがその時の私には

物凄く重大な問題だった。

 

声を出したことが少ないため

自分の声量のコントロールすら出来なかった。

 

机をくっつけて班内で

発表をして、意見をまとめる授業が

参観日に行われた時の話を

母は今でも私にする。

向かいの席の子に言われた、

「聞こえませーん」に親子共々

赤面したようだ。

(私は嫌な記憶を葬るのが

大得意なのでもう覚えていない)

 

そんな私が話すことが

怖くなくなった出来事がある。

 

*****

 

何の授業だったかもう覚えていないが

学校で指定された本について

調べてまとめるというもので、

授業のあとに呼び出された。

 

「学年で8名選抜した。

君たちには後日みんなの前で

この内容をパワーポインターを使って

学年全体の前で発表してもらう。」

 

心臓が縮こまるのを感じた。

いまこれを書いていても思い出して

心拍数があがるほどの衝撃だった。

 

でも心の奥底のほうで

喜びがじわじわと湧いていた。

 

選ばれて、認められることなんて

初めての経験だった。

 

*****

 

そしてこれが私の内面に

劇的な変化を及ぼすことになる。

 

発表当日、

リハーサルで手渡されたマイク。

緊張と自信のなさで

いつも以上の小声で

恐る恐る自分の書いた原稿を読む。

 

当たり前のことなのだけれど

"聞こえない、ということがない"

 

これは私にとって革命だった。

 

原稿を読み終えて、先生に

「わかりやすく、

感情にも語りかける良い文章だ」

とか、そんなことを言われた。

 

声を発するということが

うまくできなかった私は

本だけは人一倍読んでいたからか

簡単にわかりやすい文章を

構築することが難しくはなかった。

 

私が喋ろうとしていることは

そんなに検討違いではないんだ。

ちゃんと声にして伝えても

恥ずかしいことではないんだ。

 

そう思えた途端に

世界が開けた気がした。

本当に、閉鎖的だった世界が

一瞬で広がる感覚がした。

 

それから、放送委員会に入った。

マイクを使えば人一倍話せた。

 

そのうち喋ることに自信がついた。

マイクなんかなくたって

私の考えていることを伝えたい。

 

演劇クラブに入った。

全員が馬鹿みたいに大声をあげる練習で

人並みには声が出るようになった。

先生が熱心だったのもあり、

声量の管理もそこで勝手に身についた。

 

小声で言う台詞。

でもそれだと本当に聞こえない。

演技で身振りは大切だが

顔をそらして台詞を言うと

それだけで声がまるで届かない…。

 

話すときに、顔をどこに向けて

どれくらいの声量で話すか。

そんなこと普通に生きていたら

教わることなんてないだろうから

私は本当に運が良かったと思う。

 

*****

 

もしも私が同じような悩みを

抱えている人にアドバイス

求められても、

正直大したことは言えないと思う。

 

本当に奇跡みたいな出来事だったから。

 

でも、何も言わないんじゃ

これを書いている意味がないよね。

 

面接とかでも役に立つかもしれないし

偉そうなことを言うとするなら

"本を読む"といいよ。

 

説得力のある言い回しには

ある程度のテンプレートがある。

本を書いている人はその道のプロだ。

ジャンルは何でもいい。

ファンタジーでも恋愛小説でも

映画の文庫本でも、何でも。

 

そのうち、わかってくるだろう。

日本語の伝え方なんて

大体似たようなものなんだってことに。

 

 

 

 

Fenol.